私は物書きですが、肉体的にはアスリート系です。
若い頃は、「心は左翼、肉体は右翼」とか、その健康な肉体を忌々しく思ったりもしました。
心身が疲れ果てたり病的に傾くと、否応なしに肉体が健康志向に切り替わってしまう、という感じです。
昨年夏の暑さ以来プールに逃れて、水泳を始めてからすっかりはまってしまい、真冬もプールに通っていました。気に入った競泳水着は、シーズンも終盤ということで希望のLサイズがなく、LLサイズを注文。
ところが、どんどん筋肉質に引き締まっていき、LサイズからMサイズにと、買い換えが続き、とうとう今週はSサイズの水着を注文することに…。同じメーカーのものを中心に買っていますので、メーカーによるサイズの違いというわけではありません。
今年の3月11日もプールに行っていましたが、家に帰って庭に車が入った時に地震に遭遇しました。
あと30分もプールにいたら、どういう状況になったのかと考えたりします。
『言葉の綾織り』に書いていますので、ここではあえて触れません。
さて、4月からは別のスイミングスクールに変わり、レッスンは受けずにフリーで「ゆっくりスイミング」をやっています。
ここはインターナショナル・スイミング・スクールというだけあって、競泳の競技志向のスイマーが多く、上級者の資質として長距離を泳ぐトレーニングをしている人が多い。
長年運動をしていなかった私は動脈硬化のおそれもあるし、心臓マヒとかが心配ですから、無理はしたくない。平泳ぎはできますが、クロールは覚えたばかり、という状態で25mを往復すると息が切れて、あまりの体力のなさに歯がゆい思いをしていました。
多分、減量をしながら水泳をしていましたので、エネルギー切れ現象だと思いますが、腹筋がはっきりと割れてくるまで減量していきたいと玄米雑穀の小食と「もやし+葉緑素」を中心にした野菜メニューというダイエットをつづけています。
スタミナ切れがはっきり自覚できる場合もあり、そそくさと泳ぎを切り上げたり、休み休みの泳ぎでかっこわるいことおびただしい。見かけだけは筋肉質で、「トライアスロンとかやってらっしゃるのですか?」と女性グループに声をかけられ、一緒に泳ぎませんかと誘われたりしますが…
まなじりを決して長距離を泳ぐつもりはないので、心拍数120以下で泳いでいますから、とエアロビ志向であることを告げてひとりゆったりと泳いでいます。
ゆっくりと力を抜いて泳ぐことは存外難しいものだ。
馬力で泳いでしまえば、多少泳ぎが悪くとも泳げてしまうのだが、ゆっくり泳いでみると合理的で無理のない自然な泳ぎ方でないと、うまく泳げないようだ。
学ぶなら一流のものを学ぶべきだと考えていますので、レッスンDVDを買ってきて、泳ぎのイメージを十分に頭に叩き込み、かつ理論的にも納得してから、パートごとの練習をしていきます。
理想的なストローク、リターン、入水、グライド、キャッチアップ、キックとタイミング、などいちどにやろうとしてもできません。これらを意識せずに、無意識のうちに自然にできるようになってから、泳ぎの正式な練習を始めます。
手足のタイミングはワルツのリズムで、タンタッタ、タンタッタ…私は、ロシア映画「戦争と平和」のナターシャのワルツを脳裏に響かせながら泳ぎます。
そうして、ゆっくりスイミングも楽に泳げるようになった先日、初めは50メートルで息が切れていたりしていたのですが、3回ほどトイレに行った後に泳ぎはじめるとなぜか体が軽く感じる…。
(水泳をするとトイレが近くなる。30分に1回くらい。3度も行くと、恥ずかしくなるなァ)
あたかも水中映像を見ているように体が進む感覚となり、息が楽で水中呼吸でもしているような錯覚さえおこる…
このままいくらでも泳げそうだと感じて、何度もターンをして時間いっぱいまで泳ぎつづけることができました。
あの感覚は何だったのだろう?と思い返しながら、泳ぎにもランニング・ハイと同じように、スイミング・ハイが起こるのだなと、理解しましたね。
これもまたブレイクスルーのひとつなのかもしれないね。