2009年1月11日日曜日

常人が使わない脳の領域を使う、意味と重さ

 先日、プロの棋士はアマチュアの棋士が使わない脳の領域を使って、盤面の状態を頭の中でビデオのように再生することが出来る、というテレビを見ました。

 将棋ファンなら誰でも知っていますが、目隠し将棋、これはアマにはとてもまねできません
 実際に将棋盤と駒を使わずに、頭の中だけで将棋の対戦を間違うことなく行うことが出来てしまう。
 あるいは、終わった後の感想や控え室の棋士解説で、当たり前のように過去の手順を再現できる能力は、とうてい常人には真似できないものですね。

 多分、いろいろな分野で、そのように特異な頭の使い方をしている人の種類は多いのではないでしょうか。

 実は、先日別のブログで「頭の中で、ヴォイス・チェンジを行って、好きな歌手の声で他の歌手の歌を聴いてしまう、脳内カバーバージョン」の記事を書いてしまったのですが、相当イカレ過ぎているのではないかと、思われるような気がしていました。

 これは、実際に出来ることなのですけれども、そのような頭の特殊な使い方をしていない人には荒唐無稽な話として、受け止められるかもしれません。

 群盲、ゾウをなでる類の人を、多数派だということでスタンダードだと見なすつもりはありませんので、言い訳する必要などありませんが、訓練すれば出来る能力であることを示しておく必要はあるかなと思っていました。

 そんな時に、100手先を一瞬で読むプロ棋士は、常人であるアマチュアが使わない脳の領域を使っている、という研究結果が出たので、我が意を得たりと思ったわけです。

 私が初めて、そのような能力を身近に知ったのは、小学生の時です。
 同じクラスに珠算の段位を持つ上級者がいて、頭の中にそろばんを思い描き、それを操作して計算が出来てしまうという特技を見せつけられたことです。

 頭でソロバンを思い描き、右手でその珠(タマ)をはじくと、頭の中のソロバンがその通りに動いて映像に見えるというのです。

 暗算が全く苦手の私はすごいなと驚きましたが、うらやましいとは思いませんでした。算数は計算力だけではありませんので。

 そのようなイメージング能力とは違いますが、絶対音感を持っている友人にも驚かされました。彼は一度聴いた音楽を即座に音符に移すことが出来るのです。しかし、だからといって彼が作曲を得意にしていたかというと、そういうことはまた別な能力のようでした。

 余談ですが、私の娘が3歳の頃、ある劇団の公演を家族で観に行ったことがあります。ところが後日、娘がその劇で歌われていたテーマ曲を口ずさんでいるのを聴いて、妻が驚いて「ひょっとして、あの子天才かも!」と、興奮して話をするのです。

 私は笑ってしまいましたけど、実は私がその曲を記憶していて、自転車の前座席に娘を乗せて、走りながらその歌を教え込んだだけなのです。

 これは私の特技だったのですが、私が小学生の頃アメリカンポップが流行りまして、姉たち二人はその話題を話していて、あの歌どんなメロディーだったかという行き違いがあると、私のところに来てハミングしろと言うのです。

 私は人間ジュークボックスみたいに、即座にハミングして、姉たちは「そう、これよ!」と言って話の続きに興じる。わたしには、ジュークボックス使用料が1円も入らない、という末っ子の悲哀を感じていました。
 けれども、内的報酬という点では、十分満足していたかと思います。


 人の脳というのは、99%は使われていないそうですから、後の99%は能力の可能性の宝庫なのではないかと思います。ですから、人の能力というのは、量ではかれば差がないはずです。

 ただ、その能力の使い方によって、個性的ですので、学校の成績や仕事の能力だけでは分からない能力があって、人それぞれなのですね。

 むしろ、言語能力だとか、理数系の能力だとかない人でないと、芸術的な才能は開花しない。社会常識とか、理性だとかあると、それが自由な発想を阻害するからです。

 そういう意味で言うと、世間ずれして、通俗的常識的な発想しかできない人間というのは、私から言わせると人造人間として育てられたかわいそうな人だなと…。
 それが、社会のマジョリテイーを形成して個性的ではみ出す人間を、疎外するのが、日本という国です。


 そういう右へならい人間の中で、偏差値秀才だけが優秀な人間だとして、東大卒の官僚が支配構造を形成している国の規範など本当にくそくらえの世界でしかない。

 話が、だいぶそれてしまいました。人の能力は千差万別です。
 みんな、だれでも、それを自覚して、伸ばせばいいと、私は思います。

 勤めている仕事で、例え無能だと思われても、あなたにはあなたにしかない能力があり、それは掛け買いのないものであるはずです。
 人生、自分に失望するものなんて、何もあるはずがない。

 ただ、あなたとその場のミスマッチであるに過ぎません。
 これは、何らかのミスマッチであると。
 たとえ天才棋士であろうと、コンビニのレジをやらされれば、とんでもない無能な役立たずかもしれないでしょう?

 誰のものでもない、あなただけのあなたの人生。
 自分の人生を生きることを見いだしてみては?

 

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