このところ、いろいろと過去の記憶を思い出しているうちに、その情報が次々と現れてくるということが起こっています。
ひっそりと書き続けている「人間関係調整力」というブログで何か書くと、その関連情報がすぐ出てきたりするのですね。
(1)
息子の男女交際問題で、「のっぴきならないことが目の前に出現してどうにも対処できない状況にあった」ということを書いた後に、自分を対象化していく視点の例として中原中也の詩を引用しました。
数日後、テレビを見ていたらNHKで
『知るを楽しむ・私のこだわり人物伝』…「中原中也・くやしき人・恋人という他者」
というのが放映されました。同棲していた恋人の長谷川泰子が、中原の親友である小林秀雄の元に走る時、彼女は中原の背中に向かって「私、小林さんの元に行きます」と告げる。
中原中也は、その時、自分ではどうにも出来ない事態に遭遇して、黙って背を向けて送り出した、という。「その時から私は、悔しき人になった」と中原は述懐している。
実は私も若い時に、このような三角関係を経験しています。私は小林秀雄の立場だったのですが、相手から女性を奪ったわけではなく、女性が相手との関係を清算して私の元へ走った。
その後の成り行きも小林秀雄の場合と同じようになってしまうのですが、私はずっとその事を過去の痛手として抱いていました。
それから25年後、水道橋近くの交差点で、私と彼は偶然に出会ったのです。
一瞬にして学生時代に舞い戻りました。彼も同じだったかもしれません。
「どこかで、一杯やらないか?」と誘ってみましたが、彼はそれを断り立ち去って行きました。中也のように「悔しき人」であり続けたのだろうか?という思いがよぎりました。
(2) 由紀さおり『手紙』…作詞:なかにし礼
「自立している女性の別れを描いている。それが作詞者の理想像なのだ」と別のブログで述べたのですが、その数日後やはりNHKの「スタジオパークからこんにちは」という昼の番組で、なかにし礼さんが登場しました。
視聴者の質問で「どのような女性が好みですか」という問いに、彼は「自立した女性が好きですね」と答えていましたね。
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