2008年9月17日水曜日

心のエネルギー「気」

 前回久しぶりに記事を書いたので、過去記事を読み返していて、

 「人の思い・想念というものはエネルギーとして伝わり、作用する、と私は考えています。

 次回は、そのことについて触れてみます。」

 と書いたまま、忘れていることを発見しました。


 私がこのことをはっきりと経験したのは、母が医療事故で亡くなった時でした。

 それはある夏の日、土曜日の深夜でした。

 その日の朝、いつものように一人でバスに乗ってかかりつけの病院に行った母が、何らかの医療事故で危篤に陥ったという連絡を実家の姉から受けたのでした。


 もはや電車やバスの便がない時間です。そして、当時石油ショックのまっただ中で、ガソリンスタンドは夜間閉店という状況の中、次姉夫婦の車で東名高速の横浜インターから、東北自動車道の起点(当時)である岩槻ICを目指しました。

 姉夫婦は翌日の仕事があり、大槻でUターンしないと、ガソリンがもたないという状態でした。
 私はインターで降りて、郷里の宇都宮方面に行く車をヒッチハイクしました。そのワゴン車は栃木県の那珂川に鮎釣りに行くグループで、ありがたいことに宇都宮に立ち寄っていただけることに…

 那珂川の鮎釣りは、当然の事ながら私も何度か行っており、話題に入り込めるはずですが、そんな心境ではありません。


 上の空で、話に相づちを打ちながら、時間を気にしていると、突然前方からザーッという波動のようなものがやってくるのを感じたのです。

 心の中で、アッと小さく叫びました。

 「おかあさん!来たのかい…、今、向かっていたところなんだけど、間に合わなくて、ごめん!」

 瞬間、温かい気持ちに包まれる思いを感じました。

 「おかあさんの気持ちは、確かに受け取ったからね!」

 私は心の中で、叫びました。ふと、時計を見ると午前2時40分でした。

 そして、急に悲しみがあふれ、目を閉じて、同乗者の人たちとの会話から外れたのでした。


 車の運転者の方は親切にも、病院まで乗せていってくれると申し出てくれました。ありがたく感謝しましたが、母との別れを済ませた後でしたので、先を焦る気持ちはなくなっていました。不思議なほど、気持ちが平静になっていました。


 小一時間ほどして、ようやく病院にたどり着きました。
 廊下のベンチに腰掛けていた親父は、私を見ると、
 「ババアが亡くなった」と言って涙を見せました。

 私にはすでに了解済みでしたので、驚きもあわてもしません。
 ただ悲しさだけが、静かにこみ上げてくるだけ。
 死亡時刻を確認すると、病院の時計で2時40分ということでした。


 私は母を毛布で包み、抱き上げて待機していたハイヤーで実家に戻りました。驚くほど軽く感じました。

 部屋に母の布団を敷いて寝かせた後、私も布団を並べ、冷たくなったその手を握りながらひと眠りしました。

 私は霊を見るなどというタイプの人間ではありませんので、母の霊が枕元に立ったということはありません。

 その後、何かを感じた時に時間をチェックしておくようになり、後から離れた場所でのことが確かに伝わり、時間的に一致することが分かりました。


 ただし、このようなことが常態的になっているわけではありません。ある条件が必要なのです。
 そのことについては、改めて述べたいと思います。



 

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